ようこそ、とものの部屋へ。

最初の記事は、森智野に対するよくある質問への回答をウィキペディア風に記載し、自己紹介といたします。


森 智野(もり ともの、1985年1月13日-)は、一般社団法人フリーランスの事務のお姉さん協会の理事長である。千葉県佐倉市出身。身長162cm。血液型はO型。

略歴

2005年 専門学校を卒業後、そのままその学校の教員アシスタントに誘われ就職。生徒に2ちゃんねるに「男にこびている」と書かれ、かの有名な2ちゃんねるに自分の実名が載ったことに感激する。

2006年 リクルート代理店の制作部門の求人に応募し、面接で営業職を強く勧められ新規開拓営業を経験。第二新卒であったが21歳という若年のため新卒向けの研修に参加することになる。井上順似の関西弁の講師に「キーマンにアポ取れや」と毎週言われ続け、数名~30名程度の企業に絞って営業することを覚える。

2007年 楽天株式会社に営業アシスタントとして転職。派遣社員の気楽さと日が落ちていない時間に退社という人生初の経験をする。毎月森ちゃま会[1]男性2名女性2名がメンバー。店で食事をし森以外の3名が森にごちそうする月と森が自宅に3名を招いて手料理を振る舞う月を交互に繰り返した。を開催し楽しい時を過ごす。
積極的に自分の担当業務を増やしたことで、気楽さを失い残業が多くなる。

2009年 仕事と恋愛のストレスから軽度のうつ病になり自殺未遂。

2010年 地元千葉の自動車整備工場に再就職。面接で「頑張ります」を言わないようにするという自ら課した難題をクリアし採用された。フロント業務、経理、庶務を担当。女性フロント向け自動車基礎研修に参加した際に不名誉なMVP[2]講師の「ABS(凍結した道路などでタイヤがロックして車両が回転することを防ぐためブレーキが自動的にポンピングブレーキになる機能)とSRS(エアバッグ)の違いは」という問いに「ABSは事が起こる前、SRSは事が起きた後に作動します」と回答し、「事が起こる」という表現を下ネタを言ったように解釈された。また、フロントブレーキとリアブレーキ(ドラムブレーキ)の違いについて言葉で説明できずジェスチャーで回答(フロントブレーキはブレーキパッドでディスクを挟む様子を合唱のポーズで表現、ドラムブレーキは両腕をYの字に広げドラム内でブレーキシューが広がる様子を表現)したところ爆笑が起こった。笑わせるつもりなく受講者を笑わせ盛り上げたことに対するMVP賞であった。に選ばれる。

2014年 個人で事務代行サービスを始める。「キーマンにアポ取れや」の教えにのっとり、5名以下の法人を対象にすることを決める。ひとつのレンタルオフィスの入居者に営業すれば5社くらい契約するだろうという安易な考えであったが、あてにしていたレンタルオフィスに入居者への営業行為を断られてしまう。その後は経営者の集まりに参加する営業方針に切り替え契約を獲得していく(1年半で取引社数は20社を超えた)。後に「仕事を取るのは簡単だけど思ったよりは難しかった」と語っている。

2016年 フリーランスで事務をする女性を育成する「フリーランスの事務のお姉さん養成講座」を開講。

2017年 起業を目的としない人も対象とした、フリーランスの事務のお姉さん養成講座のマインド部分からのスピンオフセミナー「フリーランスの事務のお姉さんに学ぶ”私のための上手な生き方レッスン”」を開始。

11月に一般社団法人フリーランスの事務のお姉さん協会設立。


人物・エピソード

  • 性格は大雑把で自分のペースでないと物事を遂行できない。周囲からはストイックと評されることが多い。一人が好きなハイパーインドア派で、アウトドアの許容範囲はお散歩とピクニックまでと語る。


  • 人気ロックバンドのBUMP OF CHICKENの大ファンである。きっかけは18歳の時にバイト先の先輩からメンバーと同じ高校だったという話を聞き、BUMP OF CHICKENのサインが飾ってある地元佐倉市臼井のTSUTAYAで3rdアルバムjupiterをレンタルしたことである。6曲目の「ベンチとコーヒー」を聴き、顔も名前も知らないまま作詞作曲をした藤原基央を好きになる[3]すぐに過去にリリースされたすべてのCDを購入し、数ヶ月間BUMP OF CHICKENの音楽だけを聴き続けた

  • 将来の夢は、人の心を明るくしたり強くしたり真っ白にしたりできる人になること。また来世では犬になると決めている[4]愛犬の剛介が亡くなり火葬時に渡した手紙で、「来世では剛介くんは人間として生まれてきて、京たん(先に亡くなった剛介の母犬)と一緒に犬として生まれた私を飼ってね」と約束している。

  • すぐに眠ってしまう体質で、母親は内心「眠り姫」というあだ名で呼んでいた。子供のころは食事中や母親の運転する自転車に乗りながら眠っていた[5]電車で吊革につかまったまま眠ってしまい力が抜け、前に座っていた男性の膝に自分の膝をぶつけて席を譲られたことがある。10代のころは自転車で走行したまま眠ることも日常的であった。ドライヤーをかけている最中に眠りドライヤーを落としたことも何度もある。本人は「座って何もしていないと寝てしまう」と言っているが、実際には体勢は無関係である。

  • 中学生のころテレビで、感情は脳内で特定の物質が分泌されたものであると知り、脳科学に興味をもつ。自分の脳のことを「脳ちゃん」と呼び、時おり後頭部をなでながら脳に話しかけている。28歳の自分への誕生日プレゼントは359ページある脳に関する本であった。

  • 極度の方向音痴で、迷う時間を考慮して早めに家を出ても待ち合わせに遅刻をすることが多い。

  • 転職と引っ越し回数が多く、25歳までに転職を4回、31歳までに引っ越しを6回行っている。

  • 粒あんと生クリームを除く甘い食べ物が好物であり、「とりあえず私には甘いものを与えておけばいい」と語っている。

  • 歌うことが好きで、自宅や帰宅途中に歩きながら歌うことが多い。知人に対して「音痴だから歌っているうちに自分でイライラしてくる」と打ち明けている[6]BUMP OF CHICKENのライブ音源を聴きながら、手拍子をしたり掛け声を入れたりして一人エアライブをしながら歩いている姿を自宅付近で目撃されている。

起業に至った経緯

28歳のころ、この先の人生をどう生きるかを考え始める。当時、心理カウンセラーの心屋仁之助の本やブログを読んでおり「好きなことだけをして生きる、自分が楽しく生きて輝けば周りも輝く」という考えに憧れていた。実現するためには雇用されていない状況が必須だと考えた。自分のすべてをかけてやりたいことがなかったため、ひとまず事務をサービスにしてお金をもらい生計を立てられるようになってからやりたいことを見つけようと思い、フリーランスで事務代行を始めた。

この決定に至るには理由がいくつかある。

  • BUMP OF CHICKENに多大な影響を受けており、生命を維持できている理由は彼らにあると考えている。音楽を作って売って生きるというとても勇気のある生き方を尊敬していた。彼らへの尊敬と感謝を示すために生き方を変えようと思った[7]自分はやりたいことをやらないで我慢して仕事をする生き方をしていることに不誠実さを感じていた。尊敬している、感謝していると本当に思っているのなら、自分と戦い自分を輝かせることに向き合って彼らが曲に込めた想いに報いる生き方をしようと決めた。


  • 会社や同僚、仕事に対する愚痴や文句を言いながら生きている自分への嫌悪が募っていた。会社に所属していると周囲への甘え(人のせい、環境のせいにする)を断ち切れず、何も変えられないと考え、すべて自分で考えて自分の責任で進んでいく生き方をしなければならないと思った。


  • 何事にも本気にならないのは臆病ゆえのことであり「本当はやればできる子なのにやらない子」であると認識していた。やればできる子だということを自分で自分に見せてあげようと決める[8]起業前に心理カウンセラーの心屋仁之助のイベントに参加し、著書にサインと「やればできる子だから大丈夫だよ」と書いてもらっている。

  • フリーランスの事務のお姉さんという称号は起業前に決めていたものではなく、自作した名刺ではじめて名刺交換した際に、他人の名刺には会社のキャッチコピーや事業内容がわかる文言が記載されていることに気づき、自分がやっていることを端的に表現して名刺に記載するために後から考えたものである。
    3週間後に30歳になるため、お姉さん[9]フリーランスの事務員、事務スタッフ、アシスタントなど事務をする人という意味の言葉がどれも気に入らず考えあぐねたが思い浮かばなかった。日ごろから「ウエイトレスのお姉さん」や「受付のお姉さん」など名前を知らない女性をお姉さんと呼んでいたため、「もうお姉さんでいいや」と半ば投げやりに決定。本人はフリーランスの事務という部分が大事であったためお姉さんという言葉に特別な意味を持たせていなかったが、他者の多くがお姉さんという表現に注目しイメージを膨らませたり意味を持たせたりする様子を見て、お姉さんの部分が大事であると認識するようになった。という表現の有効期限が懸念されたが、さほど気に入っていたものではなかったためいずれ変えようと思っていた。しかし実際に名刺交換をすると多くの人に称号を褒められ、インパクトがあり覚えてもらえたため使用し続けることになった。
    後に商標登録もしており、法人化した際もそのまま社名にしている。

フリーランスの事務のお姉さん養成講座の着想

起業して半年ほど経過したころ、知人の経営者に今後どうなっていきたいのか考えてみるようにアドバイスをされたことをきっかけにはじめて事業計画を立てる。

仕事を増やして法人化し、スタッフを雇用して実務を任せ自分の役員報酬をねん出するという一般的な方向性がまず思い浮かんだが、以下の思考プロセスを経て却下され養成講座の着想に至った。

  1. 自分が従業員だったころの会社や仕事に対する考え[10]会社の方針や理念に共感できない、土日だけが楽しみで平日はストレスと絶望の日々、心を家に置いてこないと会社で仕事ができない、会社の発展や事業拡大のために何もしないが昇給やボーナスを望む、会社のお客様が減っても何も思わないなどを思うと、そのような人間に大切な仕事を任せるのは抵抗があった。

  2. 自分がフリーランスになって誰にも間を抜かれず報酬を得て、自分の考えで思うように自由に生きている素晴らしさを知っていて、それを知らない従業員にそれを黙ったまま毎日一緒に仕事をすると罪悪感に苦悩することになると思った。

  3. 従業員に積極的に前向きに仕事をしてもらうためには、教育や話し合うことなどではなく本人の心が本当にそれを望まない限り実現は困難である。そのために従業員と本気で向き合い、本人の幸せのために一緒に歩むことが不可欠であると考えた。

  4. 最終的には、自分の会社の発展などどうでもいいから、自分のことを真剣に考えフリーランスになって自分が生きたい人生を歩むことを推奨してしまうであろうと結論付けた[11]当時、求人方法や広告に載せる文言、オフィスの立地、引継ぎ方法、従業員とのコミュニケーションの取り方、一人目の従業員の容姿や性格、従業員のデスクの上に置いてあるペン立てについてまで想像を巡らせて考えた。

  5. 従業員を増やして拡大するのではなく、自分と同じようにフリーランスで事務をする方法を広めることで、自分の心が望んでいることにしたがって生きる人を増やせると考え、フリーランスの事務のお姉さん養成講座の構想を練り始めた。

出典

本人脳内情報より。

注釈   [ + ]

1. 男性2名女性2名がメンバー。店で食事をし森以外の3名が森にごちそうする月と森が自宅に3名を招いて手料理を振る舞う月を交互に繰り返した。
2. 講師の「ABS(凍結した道路などでタイヤがロックして車両が回転することを防ぐためブレーキが自動的にポンピングブレーキになる機能)とSRS(エアバッグ)の違いは」という問いに「ABSは事が起こる前、SRSは事が起きた後に作動します」と回答し、「事が起こる」という表現を下ネタを言ったように解釈された。また、フロントブレーキとリアブレーキ(ドラムブレーキ)の違いについて言葉で説明できずジェスチャーで回答(フロントブレーキはブレーキパッドでディスクを挟む様子を合唱のポーズで表現、ドラムブレーキは両腕をYの字に広げドラム内でブレーキシューが広がる様子を表現)したところ爆笑が起こった。笑わせるつもりなく受講者を笑わせ盛り上げたことに対するMVP賞であった。
3. すぐに過去にリリースされたすべてのCDを購入し、数ヶ月間BUMP OF CHICKENの音楽だけを聴き続けた
4. 愛犬の剛介が亡くなり火葬時に渡した手紙で、「来世では剛介くんは人間として生まれてきて、京たん(先に亡くなった剛介の母犬)と一緒に犬として生まれた私を飼ってね」と約束している。
5. 電車で吊革につかまったまま眠ってしまい力が抜け、前に座っていた男性の膝に自分の膝をぶつけて席を譲られたことがある。10代のころは自転車で走行したまま眠ることも日常的であった。ドライヤーをかけている最中に眠りドライヤーを落としたことも何度もある。本人は「座って何もしていないと寝てしまう」と言っているが、実際には体勢は無関係である。
6. BUMP OF CHICKENのライブ音源を聴きながら、手拍子をしたり掛け声を入れたりして一人エアライブをしながら歩いている姿を自宅付近で目撃されている。
7. 自分はやりたいことをやらないで我慢して仕事をする生き方をしていることに不誠実さを感じていた。尊敬している、感謝していると本当に思っているのなら、自分と戦い自分を輝かせることに向き合って彼らが曲に込めた想いに報いる生き方をしようと決めた。
8. 起業前に心理カウンセラーの心屋仁之助のイベントに参加し、著書にサインと「やればできる子だから大丈夫だよ」と書いてもらっている。
9. フリーランスの事務員、事務スタッフ、アシスタントなど事務をする人という意味の言葉がどれも気に入らず考えあぐねたが思い浮かばなかった。日ごろから「ウエイトレスのお姉さん」や「受付のお姉さん」など名前を知らない女性をお姉さんと呼んでいたため、「もうお姉さんでいいや」と半ば投げやりに決定。本人はフリーランスの事務という部分が大事であったためお姉さんという言葉に特別な意味を持たせていなかったが、他者の多くがお姉さんという表現に注目しイメージを膨らませたり意味を持たせたりする様子を見て、お姉さんの部分が大事であると認識するようになった。
10. 会社の方針や理念に共感できない、土日だけが楽しみで平日はストレスと絶望の日々、心を家に置いてこないと会社で仕事ができない、会社の発展や事業拡大のために何もしないが昇給やボーナスを望む、会社のお客様が減っても何も思わないなど
11. 当時、求人方法や広告に載せる文言、オフィスの立地、引継ぎ方法、従業員とのコミュニケーションの取り方、一人目の従業員の容姿や性格、従業員のデスクの上に置いてあるペン立てについてまで想像を巡らせて考えた。